エッセイ
エッセイ : 『鈴木一誌・エッセイ』・第14回 煮え切らないわたし
連載エッセイ・第14回
煮え切らないわたし
写真が好きなのか、写真機が好きなのかは判然としないものの、さっぱり上達しないという事態にもめげず、旅行にはかならずカメラをもっていく。だが最近は、シャッターを押していても、落ち着かない。デザイナーという職業からも、デジタルに馴染んでおかなくてはと思い、新しいカメラを携行していくのだが、フィルムカメラの簡潔さを懐かしむ気持ちが吹っ切れない。デジタルカメラでは、なにより編集作業がやりづらい。選び、並べるためには、けっきょくはプリントアウトすることになる。フィルムカメラならば、ベタ焼き(コンタクトシート)やスライドで一目瞭然だった。この億劫さも、キーボードと同じで、いつかは慣れるのだろうか。言えるのは、フィルムカメラとデジタルカメラそれぞれの有用性を冷静に比較する風潮は、もはやないということだ。
一時期、書店の一画を〈手書き本〉が占めていたことがあった。鉛筆で文字をなぞる「奥の細道」や「徒然草」などだ。日本国憲法を書かせる試みもあった。類書が類書を呼び、相当のボリュームで刊行されていたが、ふと気づくと、視界からいっせいに消えている。関係者によれば、「ある日、突然」売り上げが落ちたそうだ。大げさに言えば、ある日、沖縄から北海道にいたる全国の消費者が、手書き本を必要と思わななくなった、ということだろう。手で書くことには、老化防止など謳われていた効能があったとすれば、それらの機能が「ある日、突然」消滅したわけではない。
デジタルな映像世界に戻れば、現在のユーザーは、フィルムであれデジタルであれ、デジタル処理された紙焼きを手渡されている。印刷物にしても、デジタルな工程を経ていないものは、もう存在しない。接触する映像がすべてデジタル工程の成果なのだから、ユーザーは、知らず知らずデジタル画像に親しんでいく。スーパーマーケットのチラシの、野菜のシャキシャキ感を強調するのは、デジタル処理の得意分野だ。ジューシーさ、まったり感なども、デジタルに表現される。
シャープで色鮮やかなプリントが全国、全世界に行き渡り、デジタル画像への親和が浸透していく。なにが写っているかではなく、プリント(紙焼きあるいは印刷)された写真のトーン自体が、見る者の眼をデジタルに馴染ませていく。コンテンツの内容ばかりではなく、トーンもまたメッセージだとすれば、シャキシャキ感を強められた宣伝でないと購買意欲を誘われなくなっているのかもしれない。野菜らしさ、ステーキらしさ、ラーメンらしさが、電子的に反復される。視覚世界ばかりではない。
これまでパソコンを使ってでしかできなかった画像処理が、新しいデジタルカメラでは、写真機本体でできる。メーカーによって、「デジタルフィルター」「アートフィルター」などと呼ばれたりする機能では、水彩画タッチ、ポップアート調や白昼夢ふうへと画像が変成される。「ラフモノクローム」なるメニューは、まるで写真家・森山大道的で、苦笑する。音もまた、すでにデジタルなトーンに満ちている。これから、五感のデジタル化が進むのだろう。
[size=small]〈らしさ〉を共有する〈全国〉という名の巨大な一個の人間がつくられていく。さらに〈全国〉は、〈全世界〉という人間像へと変貌しようとする。では、野菜にシャキシャキ感を求めるのは、ユーザーの意思なのか、仕向けられたことなのか。受動と能動、両方向の運きが渦巻いている〈わたし〉とは、煮え切らない存在だ、そう自覚することからはじめるしかなさそうだ。
グラフィックデザイナー・ 鈴木一誌(すずき ひとし)
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『鈴木一誌・エッセイ』第二回
『鈴木一誌・エッセイ』第一回
「市民の意見30の会」 ニュース『市民の意見』117号(2009・12・01)に
掲載されたエッセイを筆者のご承諾をいただき再録させていただきました。
写真は、こちらで添付しました。これからも続けて掲載してまいります。
(写真は、2012年8月ラオスで撮影:大木晴子)
12-09-12(おおき せいこ)
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