エッセイ
エッセイ : 『鈴木一誌・エッセイ』・第15回 鏡餅完売
連載エッセイ・第15回
鏡餅完売
新宿のヨドバシカメラによく行く。この店のファンだと言ってもよいだろう。同じような人は写真家にも多く、彼らに言わせると、ヨドバシカメラには、ときおりどうしても必要となる品物をしっかりと置いてあるらしい。売れ筋ばかりを揃える他の量販店とは一線を画しているのだろう。
ヨドバシカメラに通いだしたのはかなり古い。高校生だったか大学に入りたてのころか、一眼レフカメラを買いに行ったときからだから、四〇年ほど経つことになる。名前の通り、淀橋浄水場のすぐそばの、たしか木造かモルタルの二階屋だったか。商品が展示されているわけではなく、木製のカウンターがあるだけだった。希望の商品名を告げると、店員が背後の棚からカメラやレンズを取りだす方式だったと思う。商店というよりは、問屋の雰囲気だった。じっさい、小売店分の利益をカットして安く売っていたのだろう。値切るにしても、プロの一員になった気がして緊張した。背伸びして、知識を詰めこんで購買におもむいたものだ。カメラを一台買うのは、特別なイベントだった。
以来、パトロールと称して、新宿に用事があるたびに、カメラ売場を中心に新製品のチェックにいそしんでいる。わたしの周りには、中古カメラ、古書、レコード、双六、切手など、自主的にそれらのパトロールを買って出る友人がなにかと多い。それはともかく、そうこうしているうちに、小さな店舗がここまで大きくなったというわけだ。
最近では、売り場ではなく、修理コーナーによく行く。趣味というよりは、実用に迫られてだが、持ち運べる故障品をいそいそとヨドバシカメラに持っていく。修理コーナーで自分の順番を待ちながら、ほかの客が修繕に持ちこんでくる品物を眺めていると、じつにさまざまで見飽きない。壊れたパソコンのデータを何とかしてほしいと訴えるひと、そんなに古びたものをまだ直すのかと思ってしまうような、おそらくは生活に馴染みきったラジカセを取りだす人間もいる。炊飯器のばあい、なかにはまだ白飯が入っているのではないかと感じるくらい、生々しい。
修理コーナーのすぐ横では、真新しい製品を売っているのだが、商品が買われ、一度でも使用されたとたん、その品物は、使用者に属した極めて〈ワタシ〉的な物体に変貌する気がする。使っている人間の気配が立ちこめるのだ。万人に向かって買われようとしている新品と、人格化した修理品とが、道を隔てて隣りあっている。
年末のある日、百円ショップの前を歩いていて、店頭で奇妙な文字列に出会った。「鏡餅完売」。百円ショップと鏡餅の関係が、ちょっとシュールで、一瞬、意味がわからなかった。数秒後、理解する。そうか、いまは、百円ショップで鏡餅を買う時代なのだ。感慨は、単純ではない。供え物まで少しでも安く買おうとするひとびとへの感嘆と、百円ショップで買ってまで年越しの慣習を守ろうとする現象への驚きとを、同時に感じる。百円の鏡餅なら省略してもよい、とはならないのだ。
〈ワタシ〉化された商品の集積が、そのままでは見えない〈ワタシ〉を、自分に対しても、また他者に対しても可視化させる。だが、百円ショップの鏡餅は、それが中国などの外国製であることをふくめて、一体化する世界経済の露頭でありつつ、日本人の心性にも触れており、頭での理解を超えた闇を感じさせる。それは、〈ワタシ〉のもつ深淵かもしれない。
グラフィックデザイナー・ 鈴木一誌(すずき ひとし)
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「市民の意見30の会」 ニュース『市民の意見』118号(2010・02・01)に
掲載されたエッセイを筆者のご承諾をいただき再録させていただきました。
写真は、こちらで添付しました。これからも続けて掲載してまいります。
(写真は、2010/12/05「新宿ど真ん中デモ」で撮影:大木晴子)
12-09-13(おおき せいこ)
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