エッセイ
エッセイ : 『鈴木一誌・エッセイ』第16回 大阪がおもしろい
『鈴木一誌・エッセイ』第16回
大阪がおもしろい
関西方面に用事があって時間に余裕があるときは、なるべく大阪に寄る。京都に所用があるときも、宿は大阪にとることが多い。予約しやすくて、安い。大都会である点は限りなく東京と似通っているのだが、だからこそ、住み慣れた東京との差異が際だつのかもしれない。端的に言えば、国内なのにアジアを感じる。大阪という町全体には、時代に抗している、もしくは先駆けている気配がある。
といった感想も、所詮は観光客の勝手な思い込みだが、タコ焼きやうどんをはじめとして、食べ物が安くて美味しいのは事実だろう。そうそう串カツも、などと思いだしはじめるときりがない。大阪出身でいまは東京でデザイナーをやっている友人は、「東京には、高くて美味しいものは数あるが、安くて旨いものは少ない」としきりにこぼす。南北二・六キロにもおよぶ天神橋商店街のような、長大なアーケードも、東京ではあまり見ない。大阪のあちこちにあるアーケードを歩いていると、衣料品などもずいぶんと安く、この町はデフレの元祖なのではないか、と思えてくる。
話しぶりもおもしろい。エレベーターに乗りこんだ瞬間に「あつ」と発語し、料理を口に運んだ刹那、「うま」と言う。「暑い」「旨い」の省略だ。以下、「いた」「さむ」「まず」「から」「あま」などを耳にはさんだ。東京でなら「痛い」「寒い」「不味い」「辛い」「甘い」と三音で言うところを、大阪は二音で、発音も経済的だなぁ、と勝手に感心する。二音言葉が大阪発かどうかは確証ゼロだが、とりあえず耳新しい。
今年の正月も、妻と二人で大阪にいて、ふと映画館に入った。話題の『アバター』を3Dで見ようとしたのだ。隣には、女子高校生らしきふたりが座る。映画が始まってまもなく、彼女たちがヒソヒソと言葉を交わす。どうも、地球と宇宙ふたつの空間で並行して物語が進む設定がわからないらしい。どうするのかと注意していると、ひとりが携帯電話を取りだし、作品名を検索し、液晶画面であらすじを読みはじめ、ようやく納得したようで、もうひとりに説明している。
観客のマナーとしては失格にちがいないが、『アバター』を見る女子高生のすがたは、いくつかのことを考えさせた。『アバター』ていどのストーリーが飲みこめないほどに、映画文法に対するリテラシーが低下しているのか。そう思ういっぽう、気取りがない直裁さと言おうか、場所がどこであれ、わからないことを即座に検索しようとする態度は、近い将来のわたしたち自身の肖像かもしれない。
幼いころ、親に連れられて映画館に行き、「どうなっているの?」といちいち親にストーリーを聞いて叱られた。以来、自分ひとりでの理解を目ざすようになった。腑に落ちないことは、劇場パンフレットを買い、さらには映画批評で確かめた。映画館の闇は、観客ひとりずつを孤立させ、単独での理解をうながした。たとえ、それが誤解であったにしても。
いま、孤絶としての闇があっさりと破られつつあるのかもしれない。電子端末にサポートされながら、映画を見る時代がくるのだろうか。トゥイッターを入力し感想を周囲に散布しながら鑑賞する客の出現も近い気がする。液晶画面であらすじを読みながらの観客に、まだ東京では遭遇していない。映画の内容は、どこで見ても同一だが、観客は一様ではない。『アバター』が始まる前に、大阪市のPR映像が映された。大阪市は、外国籍をもつひとの比率が高く、国際的だと伝えていた。大阪はおもしろい。
グラフィックデザイナー・ 鈴木一誌(すずき ひとし)
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「市民の意見30の会」 ニュース『市民の意見』119号(2010・04・01)に
掲載されたエッセイを筆者のご承諾をいただき再録させていただきました。
写真は、こちらで添付しました。これからも続けて掲載してまいります。
(写真撮影:大木茂 ネパール・カトマンズ市・2012年11月撮影)
12-12-02(おおき せいこ)
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