エッセイ
エッセイ : 『鈴木一誌・エッセイ』第21回 年賀にマスクを
『鈴木一誌・エッセイ』第21回
年賀にマスクを
数か月前、二〇一〇年一一月だったが、日本経済新聞の比較的大きな広告をオヤと思って見た。「新年のご挨拶に御年賀のマスクを」とある。年賀にマスクを持って行こう、との誘いだ。一箱二〇〇円で、熨斗紙に名入れもできる。手拭いやタオルとの習いがある「御年賀」もついにマスクになったか、と感心した。社会の清潔願望が昂進し、かつインフルエンザの流行時期である。無理もないと思ういっぽう、めでたい年頭あいさつで、病気や細菌を連想させるマスクを差しだすのは、いささかひるむ。
消費者の需要が先なのか、受容を誘引する商品が先なのか。おそらく同時なのだろう。ユーザーの意識の底に流れている欲望が、具体物として文節化されたとき、商品として認知される。「年賀にマスクを」広告はどのくらいの反響を呼んだのだろうか。
スーパーやドラッグストア、デパートの地下売場にいくとクラクラする。わたし自身の欲望が細分化・体系化されてそこに陳列されている観がある。別の言い方をすれば、そこでは、商品群によってわたしの未来が子細に予期されている。数十分後もしくは数時間後には、あがなった商品とともに、食べたり使用したりの時間を過ごしているはずだ。
あらゆる商品は、時間の先取りなのだが、先行ぶりが、より微細になっているのではないか。たとえば携帯電話で電子メールなどの文章を打つばあいだ。数文字を入力しただけで、早くも変換候補がリストアップされる。日本語入力ソフトが、個人の性癖や嗜好を学習し、ことばの候補を探しだす。一秒に満たない瞬時のうちに、あくまでも文章の書き手がことばを選んでいるのか、変換候補から選ばされているのかが分かたれていく。
事態は、パーソナルコンピュータでも同じなのだが、装置が小さく入力が窮屈な携帯電話では、入力ソフトを導き手にして文章が仕上げられていきがちだ。結果的に、「お疲れ様です」的な常套句が多くなる。紋切り型のことばが部品のように組み立てられていく。日本語の危機かもしれない。
未来の先取り=行為の文節化は、すでに生活のすみずみにまで及んでいる。炊飯器にせよ洗濯機にせよ、基本的には電子的な機能からどれかを選んでいるだけだ。アマゾンのオンライン書店が薦めてくる本をつい買ってしまうときも多い。
だが、コンピュータ社会における未来の先取りを回避するのはむずかしい。なぜならば、予測の背景には、膨大な過去のデータが潜んでいるからだ。アマゾンにしても、読者が購買した本のデータをもとにして、つぎに買うべき本を推薦してくる。グーグルに代表される検索システムにしても、アクセスできるあらゆるデータは、〈すでに起きたこと〉である。イベントの予告にしても、未来にではなく、予告されたという過去のできごとに触れているだけだ。
画家であり作家でもある赤瀬川原平さんが、さるエッセイで、「いまどき性格俳優なんて言葉はぜんぜん聞かれない。(…中略…)いまの世の中は全員が性格俳優だから、あえてその言葉を使う意味がないのだろう」(「もったいない……14 ホテルの石鹸が気になる」『ちくま』二〇〇六年四月号)と書いていた。わたしたち全員は、みずからの過去を索引的にめいっぱい背負って歩く性格俳優なのだ。過去の延長線上を生きながら、自分というアイデンティティを守りつづけている、とも言える。過去が回り回って未来で待ちかまえている。この無限のループから逃れるためにはどうすればよいのか。〈自分らしさ〉を捨て、ときには朝令暮改が必要なのかもしれない。
グラフィックデザイナー・ 鈴木一誌(すずき ひとし)
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「市民の意見30の会」 ニュース『市民の意見』124号(2011・02・01)に
掲載されたエッセイを筆者のご承諾をいただき再録させていただきました。
写真は、こちらで添付しました。これからも続けて掲載してまいります。
(撮影:大木晴子)
14-02-13(おおき せいこ)
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