「原爆の図」の丸木美術館へ・・ボクも行ったよ!

投稿日時 2006-05-18 02:03:22 | カテゴリ: 反戦・平和



「原爆の図」の丸木美術館へ・・ボクも行ったよ! 大木ジロー

2006年5月16日の朝、ボクは早起きをした。



大好きな車に乗って出かけるから!
埼玉県にある丸木美術館に着くまで父さんと母さんはたくさん話をしていた。
父さんがお世話になった朝日新聞の編集者のTさんは、美術館が出来た頃に
「アサヒグラフ」に記事を書かれてその話を聞いた父さんは、その事が心に
ずっと残っていて何時か訪ねたいと思っていたそうです。
きっと、何度も訪ねることになって天国のTさん喜んでいるね。
丸木美術館にそのアサヒグラフがありました。



Tさんが書いた記事の号やその前に出た広島に初めて「原爆の図」を
意思表示された記事のアサヒグラフも保存されていました。
掲載されている写真は、父さんが若い頃いろいろ学ばせて頂いたカメラマンの
方々で、母さんと懐かしそうに話をしていました。



父さんが撮影をしている間に、母さんとお散歩をしました。
土の道を歩いて,歩いて行くと青々とした樹々の垣根の家がたくさんあって
とても気持ちが良い所です。
垣根から首を出した友達がいました。
ボクと名前が同じ、ジローくん!嬉しくて写真を撮らせてもらいました。



ボクがいた二日間とも団体の見学者がありました。
最初の日は、中学生の団体でした。先生も生徒さんたちも風のように早く
見てあっと言う間に帰っていきました。
母さんは、少し怒って「勿体ない!」と言うと父さんは、
「その中で一人でも心に何かを感じてまた訪ねてくれるかもしれないよ」
と言いました。ボクも母さんもそう思い、願うことにしました。
二日目は、養護学校の生徒さんたちでした。
優しい先生方に引率されて、 学芸員の岡村さん から
やさしく丁寧な説明を受けて見学をしていました。
母さんはみんなと「おはようございます」と挨拶をしてとても嬉しそうでした。



ボクは、一日目は車の中で待っていました。
窓からストロボの光が「ピッカ」と光って「ピッピッピ」と音が聞こえてきた。
「父さん、頑張っている」と思って待っていたよ。
次の日は、またジロー君に会って散歩が終ると「車の中は、暑いから外がいいわね」
と母さんが言って事務所の横に置いてもらいました。
一度も大きな声でなかないで、待っていたよ!!
だって、父さん頑張っていたから!!



父さんは、母さんが借りた「虹」のポジを見た時にもう時間が経って弱ってきたから
「取り直してあげたいなぁー」と言ったの・・・そしてその気持ちが現実になって・・・・・
「原爆の図」と向き合い、とっても幸せな時間を与えられたと感謝していました。



「感激!!」と母さんが言った。
父さんも嬉しそうだった。
それぞれに言葉を添えて素敵なお昼のお弁当をこしらえて下ったのは、
丸木美術館の理事をされているイラストレーターの万年山えつ子さんです。
「美味しいね、嬉しい!!」二人は、美味しそうに食べていました。
ボクも欲しかったけど、あんまり母さんが幸せそうだから今日は見ていた。



帰りに川の側で遊んでもらった。ボク、楽しかった。
丸木美術館にまた来たい!!
また来る夢をみよう!!(06-05-18・大木ジロー)






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