個が・・・活きるとき・・・丸木美術館「ヒロシマ忌」
投稿日時 2006-08-07 14:21:45 | カテゴリ: 反戦・平和
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個が・・・活きるとき・・・丸木美術館「ヒロシマ忌」 大木晴子
2006年8月6日、朝から暑い一日が始まりました。 今日も長い時間、留守番をするジローとゆきの散歩は 何時もよりゆっくりと歩きました。 「あの日のヒロシマも暑かったのよ。あの時まで日常の 風景があったのよ。犬や猫たちと会話をしている人も いたでしょうね。」私はふたりに話しかけて歩きました。
12時、池袋から出る電車に乗る為に急いで連れ合いの食べ物を 用意して丸木美術館へ向かいました。 毎年、広島へと思いながらなかなか行くことが出来ないでいました。 今年は、丸木美術館の『ヒロシマ忌』を知り、 心を繋げたいと願っていました。
美術館に着くと人がいっぱい! 友の会の皆さんが美味しいカレーやこの暑さにピッタリのかき氷、 冷えたビールには、無農薬の枝豆をつけて販売していました。 幼子たちがビニールプールで元気に遊び、 川や緑の樹々を通って吹く風は贅沢なほど幸せを感じさせてくれました。
雲さんと二階に上がり『原爆の図』を訪ねました。 雲さんは言いました・・・「今日は、色が見えた。」・・・と。 原爆の図は、訪ねる度に新しく心に刻む思いがあります。 虹の絵の幼子は、今日も口を動かしていました。 平和を育む人びとの心地の良い雰囲気に 彼女も気持ちが良かったのでしょう。
外へ出ると川越城西中学高校の和太鼓演奏が始まりました。 太鼓の響きを身体で感じながらこの子らが生きる未来が戦争のない 平和だなぁーと思える世界にと願わずにはいられませんでした。
続いて多彩に活躍されているアーサー・ビナードさんの講演でした。 美しい言葉で語り、わかりやすく人に思いを伝えることの大切さを学びました。 彼が監修と文章を書かれた絵本に素敵なサインをしていただきました。 「くうきのかお」 (福音館書店) アーサー・ビナードさんは、仏画やキリスト教の絵が宗教を伝え残すように、 『原爆の図』も、数百年後の時代にこそ、歴史を伝える真の力になるだろう・・・ と言われました。
暑い太陽の光が少し傾くころ、「鳩になって、ヒロシマ・ナガサキ平和のうた」 橘 麗子さんのソプラノコンサートが始まりました。 「千の風になって」が選曲の中にありました。 五つ違いの兄を思い出しながら心の中の兄と一緒に聞いていました。
川も樹々もそしてたくさんの蝉たちも共に過ごしました。 蝶も飛び、携帯で撮る人も!!
とうろう流しの前にミニ集会がありました。 私も少しだけお話をさせていただきました。 西口のこと、「原爆の図」の出会い、イスラエル大使館前の 意思表示のこと・・・平和を育んで生きていきたいことなど。
被爆体験を語る詩人の橋爪 文さんは、 「人間よ英知と愛を」=広島からの出発=という詩集を 持って語り部をされてきました。 その詩集の中から数編を読まれました。
「校 庭」
<さくまかづこーォ> <さくまかづこーォ> 累々と地を埋めた屍の中に倒れて かづこは さっきから父の声を聞いていた 声は近づき 足もとに立ち止まった だが 焼けただれた目に父の姿を見ることはできず 手も足ももう自分のものではなかった
焦げた襤褸布のように横たわる人々の中に わが娘を見分ける術(すべ)もなく 父は ただ 悲痛な叫びをあげて歩きまわった
かづこも叫んだ けれど 焼けた喉は声をなさなかった 父の足音が 声が 遠ざかって行く 向こうへ消えて行く かづこの頬を止めどもなく涙が流れた それだけが生きている証しだった
ご自分の体験を書かれた詩だと伺いました。
7時過ぎ、川辺に降りて子どもたちがこしらえた灯籠を流しました。
ヒロシマと心を繋ぎ平和を育んでいくことを誓いながら・・・・。 (06-08-08・おおきせいこ)
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