『鈴木一誌・エッセイ』第18回  書店に行こう

投稿日時 2014-01-02 23:53:59 | カテゴリ: エッセイ



『鈴木一誌・エッセイ』第18回
書店に行こう
 わたしが住む町の駅前にあった書店がなくなってしばらくが経つ。駅の反対側には一軒あるのだが、行き帰りにフラリと寄るには遠い。こう書き出すと、「書店が減っている」という、なんども聞いた話かと思われるだろう。たしかに、統計上は書店の数は減りつつあるが、いっぽうで「駅前の小さな書店が元気だと思ってます」との発言がある。出版などマスコミ業界向けの週刊誌『文化通信』編集長・星野渉さんの見解だ。星野さんは、東京・西荻窪の颯爽堂{▲ルビ:さっそうどう}という駅前書店を例にあげて、こう語る。
「いつ見ても人が入っていて、終電近くに通り掛かると、目の前を歩いているお姉さんやおじさんが、スッ、スッと入っていきます。お酒飲んで酔っ払っていたり、疲れていたりしても、「ここに寄ったらなにか面白いものがあるんじゃないか」と思うようなお店なのです」(「出版業界の現状をどう見るか」『電子書籍と出版』ポット出版、二〇一〇年)。

 さらに星野さんは、「おそらく「この本を探したい」と思って颯爽堂に行く人はいません」と話し、「これはオンライン書店と全く違う来店動機です」と告げる。本の中身を確認でき、拾い読みが可能な「リアル」書店ならではの強みだろう。売り場が広い大型書店に入るのは、気構えが要る。小さな書店ならば、グルリとひと回りすればよい。一瞥するだけでも、その日なりの本の状況が察知できる。「この本を探したい」と思って大型書店を訪れる客は、アマゾンなどのオンライン書店ユーザーと重なることになる。そうではない、本と不意に出会う面白さに焦点を当てれば、小さな書店ならではの可能性が生まれる。京都の三月書房を思い浮かべるひとも多いはずだ。
 書店の便利な点はほかにもある。人との待ち合わせにつごうがよい。たがいに多少遅れても、本を見ていればよいので、間がもつ。待ち合わせ時間もしくは約束した訪問時間より早く目的地に着いてしまったときにも、ありがたい存在だ。これから人と会ってコーヒなどを飲むのだから、喫茶店やコーヒーショップに入るのも気が進まない。こんなとき、書店が目に入るとホッとする。
 書店に入ったら、なるべく一冊は本か雑誌を買って出てこようと思っている。義務と思わずとも、たいがいは欲しい商品が見つかるのだが、見つからないこともある。もともと書店に入るのが目的ではなく、ついでだったにもかかわらず、欲しい本を探さねばと必死になることがある。約束の時間は迫ってくる……。欲しい本が見つからないのは、書店の責任ではなく、多くのばあい、自分が疲れてすぎているせいだ。
 この本が欲しい、この本を読みたいと思うのには、そうとうの気力を必要とする。読書は、たしかに娯楽の側面をもつが、単なる受け身ではない能動性を要求する。ページを繰り、一文字、一行ずつ意味を辿っていく参加的な行為は、受動的だとされるテレビとしばしば対比されるが、読む行為ばかりでなく、本を選び買う身振りにも、個としての動機が求められる。たとえば病人の看護をした帰りなど、書店に入る気力も失われている、こんな体験は多くの人にありそうだ。「お酒飲んで酔っ払って」いても書店に入るおじさんは、活力はまだ十分にある。逆にこうも言えるだろう。書店に入って本を探す気力と余裕があるかどうかが、自身のコンディションの指針なのだ。
 実物を見ずにアマゾンでいきなり買った本に外れが多い。新聞の書評を信じて購入した書籍も、的中率が低い。手に取り「読みたい」との気力を吹きこむとき、本は、〈わたしの本〉になるのではないか。書店に行こう。
グラフィックデザイナー・ 鈴木一誌(すずき ひとし)

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「市民の意見30の会」 ニュース『市民の意見』121号(2010・08・01)に
掲載されたエッセイを筆者のご承諾をいただき再録させていただきました。
写真は、こちらで添付しました。これからも続けて掲載してまいります。
(写真撮影:大木晴子)
14-01-03(おおき せいこ)




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