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投稿者 : seiko 投稿日時: 2004-08-29 05:19:59 (1872 ヒット)
「八月最後の土曜日」     大木晴子
今月のカンパ箱には、4926円。旗やバッジの収益金そして新宿西口でのカンパを合わせた金額です。今回は、「立川反戦ビラ弾圧救援会」へ。9月9日(木)に反戦ビラ入れ・第五回公判が行なわれます。弁護側証人は、憲法学の奥平康弘さん、元防衛政務次官の箕輪登さんです。詳しくは下記のサイトでご覧下さい。
http://www4.ocn.ne.jp/~tentmura/
私はできれば今回、傍聴したいと思っています。

8月27日(金)の夕方に、青山のカザンキランさんの所に寄りました。国連ビル前でメルベちゃんとけん玉で遊んできました。とても楽しそうに子どもらしい笑顔が見られました。(フォトアルバムに掲載)
9月1日(水)メルベちゃんのお母さんクルド人難民メルヤ厶・ドーガンさんが東京入管からの呼び出しを受けています。
午後2時から東京入管(品川駅、東口からバス)
9月3日(金)はクルド人難民エルダル・ドーガンさんの裁判が行なわれます。
午前11時20分東京地裁611号法廷(地下鉄霞ヶ関A1出口からすぐ)
★ ドーガン家は子供たちのことで児童相談所(みんなで座り込みをしていることが、児童相談所として虐待にあたるといいたいようです。)が調べに来ています。メルエムさんは8月1日に一度捕まり、解放され、再度の呼び出しです。夫であるエルダルさんも裁判中であり家族がばらばらにされる危機です。ぜひたくさんの人に東京入管前に集まってもらい、日本人もこの問題を無視していないことを表しましょう。裁判の傍聴の方もよろしくお願いします。
(ムキンポさんのサイトで写真や詳しい行動予定をご覧下さい)
 8月最後の土曜日は、少し早めに新宿へ・・・。
沖縄辺野古の100日間の記録ビデオをみて座り込み支援に行かれたお二人のお話を伺いました。
 ビデオの中でたくさんの方が100日を終えてその思いを語られていました。平良夏芽さんのお母さんが言われた「ベトナム戦争の時に、それまで沖縄はずっと被害者だと思ってきたが加害者であることに気づきそこから闘いの日々が続いている」と・・・。
ビデオの画面を通して、そしてYさん、Oさんが語る言葉から沖縄の人たちの大らかで優しく、互いの眼差しが確かな闘いの温もりを放っているのを感じることが出来ました。学ばなければと思います。

 さぁ、5時過ぎ西口へ移動です。小田急デパート前で雲さん、Yさん、Sさん、Kさん、Oさん、千代さんが立ちはじめます。
「あれ!」聞えます。久し振りにフライパンさんの声が、「反戦」のゼッケンを付けて語りかけていました。

6:00地下広場で意思表示です。
辺野古へ・・・。
Iさんは、辺野古から戻ったレインボーぴーす旗を持って、書き込みがたくさん!

Oさんも強い意思表示です。

Yさんは、米軍ヘリ墜落の様子を伝える「沖縄タイムス」を持って!
みんな、見ていきます。東京では、その日一面はオリンピックでした。

今日の言葉は・・・。

私は、「戦争に繋がる 基地は いらない! いらない!」
Yさんの横に立って新聞を見た人に見てもらいました。
★ お知らせ
★レインボーぴーす旗のページを少し書き換えました。
(ご協力をありがとうございました。8月末で私のページでのぴーす旗の販売は終了いたします。これからは、下記のページに掲載されています「ぴーすぐっづプロジェクトにお申し込みください。)
http://www.seiko-jiro.net/modules/news/article.php?storyid=108

★「吉永小百合さんと同じ?洗顔方法」は、楽しみに待っていますと言っていただいて嬉しいです。もう少し待ってくださいね。
★9・11までに911枚バンダナを販売出来れば良いなぁーなんて考えています(無理かなぁー)。6月15日発売してから今日までに565枚が手元を離れました。911枚まで346枚です。
9月11日(土)の明治公園での「BE-IN & WORLD PEACE NOW」に出店します。出来ればこの日に911枚になることを願って頑張ります。そして、この日からバンダナでカンパ活動を開始出来れば嬉しいです。
「立川反戦ビラ弾圧救援会」のカンパ報告は、下記のページでご覧下さい。
http://www.seiko-jiro.net/modules/news/article.php?storyid=129
(おおきせいこ)

投稿者 : seiko 投稿日時: 2004-08-23 00:17:14 (2302 ヒット)

「休みました!04-08-21」            大木晴子
丁度一年前、パソコンにも慣れていないのにホームページを立ち上げることになり、心臓は毎日ドキドキしていました。そのドキドキは、今も変わりなく打ち続けています。時には、辛く感じる時もありましたが、心地よく感じる方がたくさん・・・。
昨夜までに、ほぼ実際の訪問者数(sites)32000人、普通のアクセス数と言われる数は(pages)86223になりました。その他に送られてくるデータを見ながら写真を使いすぎている為に、開き辛いページになっているのかなぁーと心配したりしています。
先日、西口の記事を書いてくださった記者の方から「大木さんのページは、週に一度は必ず訪ねています」と言っていただき本当に「お気に入り」にと実感できました。

 今日、沖縄のアメリカ海兵隊のヘリコプター(沖国大に墜落した同じ機種)5機がイラクへ飛び立ちました。まだ、何も原因究明がされていないのに・・・。先週から様々な抗議行動が行われました。
http://iogi.kt.fc2.com/8.3.html
平良夏芽さんが提唱した国会前座り込みのホームページが出来ました。
http://iogi.kt.fc2.com/

 青山のカザンキランさん達への支援活動も行なわれました。
http://www.mkimpo.com/diary/2004/kurd_sit_in_2004-08-20.html
何方も、西口で意思表示をされている方々も多く参加しました。

 私は、迷いました。Yさんと一緒に自分の身体と向き合おうと砂浴を体験しに出かけることにしていたからです。
約一年と七ヶ月続いた土曜日ですが、初めて休むことに決めて出かけました。千葉の海へ・・・・・。
 

その気持ちを後押ししてもらったのが、二人の方からの言葉「ゆっくり」でした。お一人は、先日亡くなられた根本光晴さんが最後に書かれた書の「ゆっくり」の文字・・・。
http://www.seiko-jiro.net/modules/news/article.php?storyid=239
もうお一人は、カンパを送って下さったSさんが通信欄に「もう少しゆっくり、無理をしないで」と・・・。
東京から電車とバスで2時間かからない距離なのに、空気が美味しい、空の色そして雲の形まで愛おしく感じることが出来ました。
自分で砂を掘り、身体を休める。

側には、二枚の「平和」のバンダナ。
小さな砂と身体が会話を始めます。
上を見れば青い空に白い雲が遊んでいて、
雲のかたまりの中に幾つもの面白い形が、
人の顔みたいと懐かしい友を思い出し、
波の音にYさんから話を聞いた辺野古に、
思いを寄せて・・・何時か私も話を聞きに、
訪ねようと心に決めた。
Yさんは、「DAYS JAPAN」を、今号の特集は「反テロ戦争」です

10月号の特集は「沖縄の米軍基地」です。
お世話になった民宿の食事は優しかった。

帰り際、おばあさんが「形は悪いが無農薬の野菜だよ」と
ビニール袋にいっぱい、
玉葱、胡瓜、茄子、インゲンをお土産に、
重かったけれど、背中がとっても温かかった。
千葉の白子海岸で意思表示、Yさんと私の8月21日土曜日。
(おおきせいこ)
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

さて、東京の新宿西口地下広場は・・・・。
雲さんからの報告とホームページ「空へ!」のSさんが写してくださった写真でお届けします・・・8月21日の土曜日。
5:00

小田急前、まず雲が立つ。
これまでの看板に沖縄のヘリ墜落に関わる訴えを加える。
今回の事故はイラクと密接に関わっているらしい。
イラク戦線でヘリが不足して、急遽沖縄から移送しようと、
ドタバタするうちに起きた事故ではないかと…。
何時ものように次々と仲間が立って行く、Kさん、Sさん、
フランスから帰ったばかりのCさん。
道行く人の反応がとてもよくて、やわらかな気持で立ち続ける
ことができた。
6:00
Sさんがしっかと立ち、Kさんが元気付けに「八ッ橋」をみんなに配ってスタート。

この夜の圧巻は、何時もにこやかに手書きのアピールを持たれる
老婦人が用意された3連の写真プラカード。題して「これが東京」、
3月10日の翌々日辺りの都内の写真で、炭化した真っ黒な死体が
丸太のように道端に並べられた姿は、改めて戦争の悲惨を強く印象付けるものでした。
「それがね。人間が炭そのものなのよ。総武線の線路伝いにずっと
並べられていたのよ」との言葉を聞いて、ひたすら肯くばかり。
図書館の写真集から拡大コピーされて来たとのこと。その情念を
生み出す体験の重さに頭をさげました。
小田急前からの4人に加え、Iさん、Oさん、Nさん・・・、と続いて
最終的には十四人がスタンディング。中には、「娘と待ち合わせしたけれど、なかなか来ないので、それまで意思表示に加えて」と、

Kさんの看板を借りて立たれたご婦人も。
この夜は、小田急前同様に広場にもやわらかな空気が流れて
いました。(雲)



 

投稿者 : seiko 投稿日時: 2004-08-20 18:33:19 (2720 ヒット)


♪スイカの写真♪        大木晴子
ほんとうに、暑い毎日です。
スイカの写真で少し涼しさを感じていただけるでしょうか。
この写真は、昨年の夏に龍澤山善寶寺裏手の路地で写したものです。
のびやかに、大きく育っていました。
たくさんの人に見つめられて、ときどきジローがしたようにクンクンと
鼻をつけられてあいさつされたりビックリすることもあったでしょう。
「ジロー、美味しそうなスイカだね・・・。」
日曜日の夜まで、更新をお休みします。(おおきせいこ)

投稿者 : seiko 投稿日時: 2004-08-15 11:33:24 (2340 ヒット)

「お盆休みだけれど16人」   大木晴子
お盆休みだから西口は少ないかなぁーと思っていましたが、16名の参加でした。
久しぶりに前日、青山の国連ビル前で会った百合の花の少女も参加の地下広場の意思表示でした。
花を持って、少女が訴えるメッセージです。

違う柱では、子を持つ父親の言葉がありました。

「明日も晴れ」のバンダナはそれだけでプラカードに!

今週の言葉は・・・。

猫ちゃんも地下広場へ!

飼い主さんは、バンダナを気に入って今度の給料日に
買いにきますと言って帰られました。

久し振りのSさんは、灯籠流しの写真を持って立たれました。
そこに書かれていた言葉です。


ゲルニカの絵を持つ人、敗戦直後の東京の写真を掲げた人
そして、子どもが立ち止まり、絵や写真の説明を聞きます。
広場が広場らしい雰囲気に・・・・。


雲さんの「平和」そしてレインボーぴーす旗のきれいな色が広場を明るくします。



今からでも遅くない・・・。と掲げたプラカードの横に「明日も晴れ」のバンダナをバッグに上手に結んで使っていただいています。


今日は、バスに乗れば「明日の晴れ」のバンダナを「きれいねぇー」と声をかけていただき3枚も買っていただきました。とても可愛いおばあちゃまでした。「私、きれいな物大好きなの」と言われて嬉しそうでした。
Аさんからは、それぞれ10枚づつ注文していただきました。嬉しい♪♪
人から人へ「平和」の文字が、美しいバンダナを通して日常の生活の中で活き続けてほしいと願っています。

アラビア語のぴーす旗も美しい・・・。8月14日の土曜日でした。
(おおきせいこ)

★ 今日の東京新聞にも紹介されていましたが、「筆は銃よりも強し」書展(カレンダー参照)が始りました。
http://www.seiko-jiro.net/modules/piCal/index.php?caldate=2004-8-15&smode=Monthly

★ 米軍ヘリ墜落に抗議する行動が行なわれます。
http://www.seiko-jiro.net/modules/news/article.php?storyid=235
Yさん、オランオランさんの「辺野古通信」でも報告が届いています。
http://www.seiko-jiro.net/modules/news/article.php?storyid=234

投稿者 : seiko 投稿日時: 2004-08-08 15:55:55 (2501 ヒット)

(関西のNさんから届きました。少しお身体を悪くされていましたが、明かるい向日葵を描いていただきとっても嬉しいです。)

「私の原爆忌」             大木晴子
 8月6日の夕刻に、「私の原爆忌」とタイトルがついたメイルが届きました。そこには・・・。
***********
みなさんへ、
被爆体験を描き続ける、画家の今口賢一さんの展覧会に
行って来ました。相次いで被爆体験を共有する仲間達が
他界して、「今描いておかなければ」と、封印していた記憶と
向き合い、20年前から絵にしはじめたといいます。
今日のように炎天だったあの日、国民学校一年だった彼は
朝礼で、校庭に並んで、教頭の話を聞いていました。
ピカドンの瞬間、前にいた級友が火だるまになって吹き飛び、
自分も校舎の中へと一緒に飛ばされたといいます。
瞼に焼き付いて離れなかったその級友の姿をはじめ、記憶の
数々が油絵となっていました。ギャラリーの広い室内中に、
4畳半もあろうかという「水をください」を中心に、20点程が
掲げられ、まるであの日の広島の惨状の只中に立っている
ように感じました。うめき声、叫び、泣き声、炎の音…。あの日の
音が室内に満ちていました。
最初の一枚は描きあげるのに10年かかったといいます。
搾り出すような今口さんの被爆体験を、精一杯受けとめ、
しっかり抱え込んで帰って来ました。
(町田市国際版画美術館 8日までJR町田駅から徒歩15分)

「鎮魂のために描きはじめたが、今では二度と惨禍を起こさぬ
ようにと亡くなった人たちに叱咤され、励まされて描いている」
という言葉が、重く印象に残りました。
村雲
***********
 私は7日の土曜日の午後、伊勢原の兄を見舞う前に町田で降りる事にしました。小田急線町田駅から徒歩20分くらい、木立が夏の暑さに嬉しい芦ヶ谷公園の一角にある「町田市国際版画美術館」へ急ぎました。着く前には5時過ぎの新宿小田急前の意思表示に間に合うようにと考えていましたが、今口賢一さんの展覧会でその一時間を過ごすことになりました。
 仏画としての第一部作と言われている作品の手前に小さな二枚の絵が・・・。私の青春時代に見た風景です。一枚は「新宿スカラ座」そしてフォーク集会の後、よく鯨カツを食べに行った「新宿しょんべん横丁」の絵でした。
 そして、一歩進むとそこには、今口さんがお母様の死をきっかけに被爆絵図を描き続けている大作がならんでいます。一枚一枚の絵から聞えて来る声をゆっくりと受け止めたいと思いました。絵の隅々から今口さんの思いが、そこに描かれている人々の叫びが伝わってきました。
 実像に近い第二部作までの展示でした。今口賢一さんは、これから残された時間を肉体と精神のすべてをかけてキャンバスに力をそそぎ、第三部作を完成したいと「最后の個展」と題して書かれていた言葉を書き写しているとご本人からコピーをいただき力強い字でサインまでしていただき、見つめ合ってお話したその眼は美しく光輝いていました。
 美術館を出ると木立の下で幼子たちが楽しげに遊んでいます。この子達の未来にあの忌まわしい出来事が繰り返すことがないように祈りながら伊勢原の病院へ急ぎました。

 病室には、ゆきわりそうの皆さんからおくられたエールの言葉が貼られていました。
さぁー新宿へ向かいます。
電車の中は、相模川の花火大会へ行く浴衣姿の若い娘さんたちが大勢乗っていました。思うのですが、若いのですから素顔の美しさを活かしてお化粧などをした方が輝いて見えるのではと老婆心が・・・。

そこで、予告です。1970年代に科学的根拠の全くなかった、美顔洗顔器が流行りました。その頃に「徹子の部屋」に出られた吉永小百合さんがご自分で考案された洗顔方法(お金のかからない)を話されました。私は、その日からずつと毎日かかさず行なっています。
近く、「私のエッセイ」でご紹介します。お楽しみに!!

さてさて、西口です。5分前に地下広場に着きました。

プラカードを入れている袋を丸い柱に立て掛けると直ぐに何時ものアナウンスが始りました。地下広場の意思表示です。
雲さんがKさんがそして千代さん、Hさん、Oさんと次々に増えていきます。数えるのをわすれました・・・多分15名ぐらいです。
ご住職のFさん、新しい言葉です。

今日の言葉は・・・。

Hさんは、いつも訴えています。

千代さんのプラカードは、この8月の広場ではたくさんの皆さんの心に響く言葉ですね。

6日の広島に「核兵器なくそう女性のつどい 2004」に、呼びかけ・賛同人として参加された渡辺一枝さんは、「一枝通信」で書かれています。
「広島市の秋葉忠利市長の平和宣言は、昨日の夕刊にも載りましたからみなさん読まれたかと思います。
本当に心にしみる言葉でした。このような人が国の首長であればいいのにと、心底おもいました。会場から拍手が沸き起こりました。
子ども代表が「平和の誓い」を読み上げ、これにも大きな拍手。
来賓の最初に小泉首相が挨拶をしましたが、挨拶終えても誰一人まったく誰一人拍手する人はいませんでした。それどころか私の周りではみな口々に「しらじらしいことを」「犠牲者の気持ちをわかってるのか」などなどの声が漏れていました。マスコミがこの事実をもしっかりと報道すればいいのにと思っていたのですが、報じられませんでしたね。本当に見事に無視された感のある首相挨拶でした。」・・・・と。
明日は、長崎忌です。(おおきせいこ)

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