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     「東京150年/集い声上げ続ける 広場から」2018年5月6日・朝日新聞
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投稿者 スレッド
seiko
投稿日時: 2018/5/8 20:27
管理人
登録日: 2003/9/21
居住地:
投稿: 3591
「東京150年/集い声上げ続ける 広場から」2018年5月6日・朝日新聞


「東京150年/集い声上げ続ける 広場から」2018年5月6日・朝日新聞

私が新宿の地下広場に立ち意思表示を始めたのは2003年の2月でした。
イラク戦争が始まる1ヶ月前。その時から節目、節目で朝日新聞の記者さんに書いて頂きました。

http://www.jca.apc.org/beheiren/311ShinjukuNishigutiOoki.htm
新宿地下広場での大木晴子さんらの行動の『朝日』報道に反響つづく。(03/08/19掲載 )
まだ、この頃はページが無くて吉川勇一さんがベ平連のサイトに掲載して下さった。

http://seiko-jiro.net/modules/newbb/viewtopic.php?viewmode=flat&topic_id=638&forum=1
「平和を」無言で5年 2008年1月25日朝日新聞 夕刊

http://seiko-jiro.net/modules/newbb/viewtopic.php?viewmode=flat&topic_id=1974&forum=1
2013年8月17日(土)朝日新聞 夕刊の記事。★西口の10年目が

・・・そして15年が経って・・・・

東京150年/集い声上げ続ける 広場から

◆反戦と討論 歌姫は今も立つ

 東京・新宿西口地下広場はJRや私鉄、地下鉄、バスを使う人らが早足に行き交う。幼稚園の先生だった大木晴子(せいこ)さん(69)が円柱を背に、脱原発や戦争反対などを訴える手製のプラカードを掲げた。

 隣の柱、向かいの柱にも手書きのメッセージを持つ十数人が並んだ。全員が終始無言だ。

 大木さんが15年前のイラク戦争時から、毎週土曜日の夕方に続ける意思表示だ。実は49年前も毎土曜日夕、同じ柱の前にいた。ギターを弾きながら反戦を訴える「フォークゲリラ」の歌姫だった。

 そのころ幼稚園児だった記者にも記憶は残る。福岡市の繁華街を、父に手を引かれて行列で歩いた。かけ声は、地元の祭り・博多祇園山笠の「オイサ」と同じようなものと勘違いしていた。

 「アンポ、ハンタイ」

 終わると父行きつけの出雲そば店に行った。それが「70年安保」だったと後で知った。

 街頭の訴えは時には過激に走る。1905(明治38)年、日露戦争の講和で政府の対応に不満の人らが日比谷公園で集会後、新聞社や警察署、電車を襲う。日比谷焼き打ち事件で、戒厳令もしかれた。70年安保でも荒れた。

 学生らが新宿駅に乱入して電車や駅を破壊したのは68年10月で、騒乱罪が適用されて数百人が逮捕された。その3カ月後、東大・安田講堂を占拠した学生らが機動隊との攻防の末に排除された。

 大木さんらが地下広場に通い始めたのは、直後の69年2月末。火炎ビンや石ではなく、歌による反戦だった。ギターを弾き、足を止める人らと討論した。
 「おおらかな時代で、学生も社会人も関係なく、行き交う人がまじわった。まさに広場だった」

 歌の輪は膨らむ。大木さんらがギターを抱えて駅改札から向かうと、広場を埋めた群衆が左右に割れて道ができた。「モーセみたい」。旧約聖書の一節を連想した。いつもの柱の前で、岡林信康の「友よ」から歌った。

 だが、歌声は約4カ月半で消える。合唱などが規制され、大木さんも警視庁に逮捕された。70年安保後、無気力な若者が増えて「しらけ世代」と呼ばれた。

 90年代、ホームレスの段ボールの「家」が約200軒、地下広場と都庁を結ぶ地下通
路に並んだ。退去を迫る都に支援者と共に抵抗したが、広場まで追いやられた。

 支援していた稲葉剛さん(48)は当時、フォークゲリラのメンバーらが西新宿で催した「同窓会」でビラを配った。「今の新宿西口の問題にも直視して」とホームレス支援への助力を求めた。

 生活保護の適用などで今、地下広場に段ボールの家はない。だが、深夜だけ広場で寝るなど予備軍はいるとして、稲葉さんらは住宅支援拡充で備えを急ぐ。

 4月14日の国会議事堂前。大規模な政府への抗議集会に、軽快なリズムで訴えを繰り返す奥田愛基さん(25)がいた。「公的文書を改ざんするな」。3年前に学生らが設立した「SEALDs(シールズ)」の創設メンバーで、解散後も活動する。この日の抗議集会を主催した団体の一員でもある。

 国会や官邸前の集会が再び増えたのは2011年の東日本大震災からだ。組織ではなく、個人の参加が増えた。若い母親が目立つ反原発集会は今も続く。保守系団体も国旗を手に街頭に立つ。

 地下広場に戻った大木さんが無言を貫くのは、違反とされて運動の衰退につながった半世紀前の教訓からだ。管理する都にも今回は事前に相談した。「人の行き交う『広場』は大事なの」

 人が集い、時には声を上げる場が消えることは、ない。

 (山浦正敬)

18-05-08(おおき せいこ)
大木晴子
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https://twitter.com/kuronekoroku
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