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     2009年6月23日 「沖縄 慰霊の日」  小学6年生・比屋根憲太君の詩
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seiko
投稿日時: 2009/6/23 0:33
管理人
登録日: 2003/9/21
居住地:
投稿: 3618
2009年6月23日 「沖縄 慰霊の日」  小学6年生・比屋根憲太君の詩

(沖縄の海・2009年2月撮影)

琉球新報の記事
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-146026-storytopic-7.html

『詩朗読は比屋根君(大里北小) 慰霊の日・平和メッセージ』

県平和祈念資料館は16日、2009年度第19回「児童・生徒の平和メッセージ展」の入賞者190人を発表した。詩部門(小学校)で比屋根憲太君=大里北小6年=の作品「平和のいのり」が最優秀賞に選ばれ、「慰霊の日」の23日、沖縄全戦没者追悼式で朗読されることも決まった。
 比屋根君は「4年生のころに見た石の前で泣く祖母は、背中が丸く、小さくなっていた。戦争には恐怖と死のイメージを持っていたけど、祖母の体験を聞くと、外側だけでは分からない、体験した人にしか分からない悲しみが60年余りも心の中にあること、生き残っている自分を責め続けている人がいることを伝えたかった」とコメントを寄せた。


平和のいのり
比屋根憲太(小6)


石に刻まれた家族の名に
涙を落とす祖母
なんの形見も残っていない石に
声にならない声で
石をさすり
石をだきしめる
小さな声でとても小さな声で
「本当は話したくないサー」
少し首をかしげて
空を見上げる
人さし指の大きさの大きな傷
あごと左腕に残る
戦争の傷あと


祖母は傷の手当てをするために
水くみに行った
防空ごうに姉を残し 母と二人で
そのあとすごい光と音が…
そのまま姉はもどらなかった
「いっしょに連れて行けばよかった」
「ごめんね ごめんね」
と何度も何度も
きたときよりも
石を強くさすり
石を強くだきしめる
ぼくはもう声を上げて泣いていた
そして祖母の背中をずっとさすった


こんな青い空に
こんなおだやかな沖縄に
戦争は似合わない
祖母のくしゃくしゃな涙も
似合わない


そんな祖母はもう今は歩くことが
できない
毎日毎日空を見て
きっと
生きている喜び
生き残った悲しみを感じて
いるのだろう
ぼくは車いすをおして
祖母のいのりを引きつぐ
戦争のない平和な国を


(沖縄で咲いていた草花・・2009年2月撮影:大木晴子)
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