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DESCRIPTION:◆◆◆◆◆広河隆一報告会『2007年・パレスチナ・日本』◆◆◆◆◆\n\n1967年に広河隆一さんがパレスチナ取材を始めてから40年目を迎える2007年。\n最新現地映像と、制作進行中の記録映画「1948年・パレスチナ難民の発生（仮）」のプレビューを見ながら、パレスチナと日本を取り巻くこの危機の時代に私たちは何をすべきか、考えたいと思います。\n\n■日時：　2007年1月20日（土）開場・18：15　開会・18：30\n\n■場所：　東京ウイメンズプラザ・ホール（地下鉄表参道駅4分。渋谷駅12分　国連大学横）\n■入場料：　800円　250名先着順　（予約受付中）\n\n※　当日はご予約された方を優先とし、人数がいっぱいになり次第ご入場を締め切らせていただきます。ご了承ください。\n尚、ご予約はファックス、またはメールでお名前、連絡先、人数をお知らせください。\n\n■予約先\n\n『1コマ』サポーター事務局　 <a href="mailto:YIU27625@nifty.com">YIU27625@nifty.com</a>　ＦＡＸ：045-894-0763\n広河事務所　<a href="mailto:hiropress@daysjapan.net">hiropress@daysjapan.net</a>　ＦＡＸ：03-6807-9890\n\n■主　催：広河隆一パレスチナ記録映画制作委員会（supported by『1コマ』サポーター) \n\n■協　力：ＤＡＹＳ ＪＡＰＡＮ\n\n◆◆◆広河隆一よりご挨拶◆◆◆\n\n 私が１９６７年にはじめてイスラエルに行き、パレスチナ問題に出会ってから２００７年でちょうど４０年になります。\n\n１９６７年に、私はキブツ（イスラエル農業共同体）に入って仕事をしていましたがある日、畑のはずれに白い瓦礫を見つけました。 それがかつてのパレスチナ人の村だということを知ったのは、１年後のことです。\n\n村は完全に破壊され、その人々がどこに行ったのか全く分かりませんでした。\n\nパレスチナ難民が発生し、イスラエル国家が誕生した１９４８年から、再来年で６０年になりますが、この年に一体何が起こったのかは、今でも世界ではほとんど何も知られ ていないままです。\n\n真実の詳細は未だに歴史の闇に埋もれているのです。\n\nそれを解き明かすには、当時の記憶がある人々に出来るだけ多く会って、インタビューするほかありません。\n\nそしてパレスチナ人だけでなく、ユダヤ人のインタビューも必要 になります。\n\nこの40年の間に私は何度も現地に足を運び、パレスチナの消えた村々を記録に残す仕事を始めました。\n約２５０の村の取材写真は「パレスチナ写真記録２・消えた村と家族」（日本図書センター）にまとめました。\n\n同時に私がこの間に取材した膨大な映像記録を、2002年暮れに立ち上がった 「広河隆一パレスチナ記録フィルム制作『1コマ』サポーター」（略称『１コマ』サポーター）の支援を得て人々の記憶や出来事を作品として記録に残す仕事にとりかかりました。\n\n私はパレスチナ問題の根源に当たる難民発生の問題を知らなければ、パレスチナで現在 起こっている出来事を理解することは出来ないという思いをいよいよ強くしました。\n\n特に２００６年１１月に行った最後の取材では、私が捜し求めていた 難民の人々に出会うことができました。 それは私が４０年近く前にはじめて見たあの瓦礫の村にかつて住んでいた人々だったのです。\n\n私は今回、白い瓦礫、つまり彼らが追われた村を、その人々が訪ねるところを撮影することができました。\n\nインタビューしたパレスチナ人難民も、そしてキブツに住むユダヤ人も1948年まではお互いに交流があり、子どもたちは仲が良かったと言っていました。\n\n虐殺事件のうわさを聞いて恐れた村人たちが離村しようとしたとき、キブツ・ダリアの責任者が村を訪ねて『村に留まるように』と言ったという証言もパレスチナ人の女性から 聞きました。\n\nしかしその裏では様々なことが起こっていました。 その実態を求めて始めた取材は40年に及びましたがこれでほぼ終わったと 思っています。\nあとは記録映画の編集と完成だけです。\n\n『1コマ』サポーターの方々の呼びかけ、支援によって2003年から始まった編集も佳境に入ろうとしています。 膨大な 映像と写真をもとに証言映像記録を制作する試みは、数十時間に達し複数部構成の世界でも類を見ないものとなりつつあります。\n1月20日の報告会では、２００６年１１月の取材報告を中心に、制作中の作品の全貌をお伝えします。　　　　　　　　　　　　　　　　　2006年12月　広河隆一\n\n◆◆◆広河隆一パレスチナ記録映画制作委員会（supported by『1コマ』サポーター）◆◆◆\n\n1948年にイスラエル国家が誕生し、パレスチナ難民が発生しました。\nしかし本当に何が起こったか、その詳細は未だに歴史の闇に埋もれています。\n\n中東の地で繰り返される暴力は、これまでずっと、あたかも一過性の理由で起こっているかのような報道解説が繰り返され、そのたびに私たちはこの問題の根源に目を向ける機会を失ってきました。あるいは避けてきました。\n\n掘り起こしたって混乱を深めるだけだからなのか、今さら何も変わらないと思うからなのか、問題に目を向けることはイスラエルを否定していくことになると思うからなのか、解決方法が見つからない不甲斐なさからなのか。\n\nこうして今年の夏もレバノンへの侵攻は悲惨を極め、何の解決も追求もなく形だけの幕引きが報じられ、結局その背景についてはほとんど触れられませんでした。\n\n同じときにパレスチナでどのような軍事侵攻と占領政策の続きが行われていたかは、ほとんど誰も気に留めていません。\n\nこんな繰り返しの中で私たちは踊らされ、揺さぶられ、忘れていくのです。\n\n広河隆一さんは、この40年ずっと、その背景で何が起きているのか、誰が何を進めているのか、人々は何と闘っているのか、イスラエルは何故強引な占領政策を続けなくては存在できないのか・・・たくさんの疑問を抱えながら、現地に何度も赴き、消えた村の跡地を\n捜し求め、歩き、人々と会って、現在と過去を行き来しながら探り続けてきました。\n\nそしてその度に1948年へと引き戻されて行ったのです。\nイスラエルが建国され、パレスチナ難民が発生した1948年です。\n\n広河さんは、１９４８年のことを知らなければ、現在起こっている事態を理解することはできないと言い続けています。\n\n結局イスラエルの人々も、パレスチナの人々も、私たちも、何か問題が起きているとき、その根源から目をそらさず、向き合うことによってのみ乗り越えて行けるのです。\n\n真実と向き合う目の中にのみ、私たちの未来は宿っていくのです。\n\n私たちは状況を大きく変えることは出来ないかもしれないけれど、人々の記憶を丁寧にひろい、記録していくお手伝いは出来ます。\n\n広河さんの映像の中に出てくる人々の言葉を聞いて、私たちは語り継がれ受け継いできた人々の記憶や希望を伝え残し、向き合うことが出来るのか問われている気がしました。\n　　　『1コマ』サポーター呼びかけ人　　森澤典子　　　　　***********************************************　\n\n『1コマ』サポーターの呼びかけで始まった「広河隆一パレスチナ記録映画　制作委員会」は、広河隆一さんがこれまで40年間に取材した映像と写真をもとに、証言記録映像を制作していますが、作業は膨大で難航を極め、今後も皆様のご支援とご協力を必要としています。 \n◆資金の提供をしてくださる方◆\n　郵便局から下記の口座番号までお振込みください。\n　郵便局より発行される控えを領収証とさせていただきます。\n　年に一度、収支報告を郵送でお知らせいたします。\n\n　00190-5-567661　加入者名（『1コマ』サポーター　森澤典子）\n\n\n
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