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     「<オキナワ>という言葉には苦さがある」 三上 治さんの論評
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投稿者 スレッド
seiko
投稿日時: 2009/11/10 14:49
管理人
登録日: 2003/9/21
居住地:
投稿: 3623
「<オキナワ>という言葉には苦さがある」 三上 治さんの論評

(2006年9月・サンフランシスコ講和条約締結会場オペラハウス近くで撮影)

三上治さんから送っていただく通信があります。
昨夜も届きました。
「自由に使っていいですよ」と言ってくださっているのでお言葉に甘えて
今回の論評「<オキナワ>という言葉には苦さがある」を掲載させていただきます。
「9条改憲阻止の会」では、11日・12日・13日、沖縄住民の声に呼応し
国会前座り込みをされるそうです。
私も心をあわせて何処かの時間で参加できればとおもっています。

 <オキナワ>という言葉には苦さがある   三上 治
                             
琉球というのは幾分か違うが、<オキナワ>という言葉には苦さがる。いや、苦さを忘れまいということがこころのどこかにあるのだろう。1970年を前後するころ僕らは沖縄のことを考えようとして必死だった。沖縄の米軍軍政から本土への復帰が政治課題となるころ、僕らは沖縄の住民に闘いと連帯しつつ、その存在を日本という国家を考える契機にしたいと思った。沖縄が米軍軍政からから解放され、本土復帰をする以上の問題がここには存在すると直観していたからである。沖縄独立論というのが、底流にあったのであるが、アメリカ軍政解放=民族的解放というのに抵抗感があったからだ。本土復帰だけではやがて沖縄は地方の県になっていくだけではないか、という思いがそこに存在した。

 <オキナワ>という言葉には日本という存在そのものを問い直す何かがあるという熱い思いはあったが、それを言葉にできなかった。それは未成の言葉ならざる言葉としてあったのだ。沖縄が薩摩に侵略され、琉球処分の中で、また太平洋戦争での戦場となり、敗戦後は長くアメリカ軍政下に置かれてきた歴史は重いものであり、沖縄住民がそれを不当として<沖縄の独立>を志向するなら僕はそれを支持するし、支持したいと思ってきた。沖縄住民の意思次第であるけれど、この<沖縄独立>という構想にはどこか引っ掛かるところがあった。
<オキナワ>の存在の意味はもっと違うことであり、日本列島の住民に共有できる何かだと思ってきたのだ。沖縄独立という政治的解決に解消されない、日本列島の住民に共有できる何かだという思いと言い換えてもいい。僕は当時、吉本隆明の<南島論>に示唆を受けてそう考えていた。沖縄が日本列島の住民の基層にある文化や共同意識を保存し、近世以降に作られた日本文化や共同意識を部分化し、相対化できるのなら、近代を超える未来のイメージや構想の媒体になるのだと。さしあたり、地域的に沖縄が背負わされてきた基地問題などの解決をどうするかということがある。地域主権としてその課題をどのように解決していくのかは沖縄のビジョンというか、構想としてある。民主党は何回にわたって沖縄ビジョンを提示してきたし、僕は過渡的処置としてその構想の実現を望みたい。しかし、かつて僕らが<南島論>に示唆をうけつつ、<オキナワ>の日本列島の住民にとっての存在的意味として考えようとしてきたことも忘れたくはないと思う。それは苦い思いを含んでいるが、その苦さは可能性であるとも思う。(11月10日)

三上治さんは、 『「主権在民!共同アピールの会」アメリカツアー2006』 でご一緒しました。
運動家の魂を感じるお一人です。
11月8日のデモも繋がって歩いておられました。
09-11-10(おおき せいこ)
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