Re: 記憶に刻む。「ジローと同じ年になくなった大きな桜の樹」 本当に大きな桜の木だったんですね・・・。それだけに切る時は相当な我慢と辛さがあったことでしょう。 木は家の、家族の一部ですもの。 うちにも玄関に大きな桜の木がありますが、この半分の太さです。桜は人騒がせで、ほんの短い期間の花なのに、そのあと花びら、ガクが辺り一面散って、今は落ち葉が毎日脇の道路に散らばって、あと1週間くらいは葉っぱの掃除が大変。(雨でぴったり貼りつく濡れ落ち葉となりますし) アメリカシロヒトリが発生するときは、もう切ってしまいたい、と短気起こすこともあります。
でも・・・近所の人に、「きれいねー、この下を通るの毎年楽しみ」なんて言われると嬉しくなったりして・・。 やっぱりとても切れません。数年前に電線に枝が触るので枝をかなり切ったこともありますが。
木には・・・魂が宿っていると、本気で思ってもいるのです。ここの住人をずっと見てきた木ですから・・。 晴子さん、そしてご主人様も決心が要ったことでしょう。悲しかったでしょうね。私も泣きたくなりました。お酒を飲んで木は嬉しそうですね・・。そんなところに晴子さんの生き方や心根を感じます。
今までずっとあったもの、してきたことを変えたり辞めたりするのは・・・なかなか未練がましい私には辛いことです。でも歴史は動いていますね・・・。いつかは変化と別れがくるもの。 写真見ながら我がことのようにとても感慨深い思いでした・・・。
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