反戦・平和
反戦・平和 : 「小田実さんを悼む」 吉岡 忍
(2002年の春、ベトナム ソンミ村、ソンミ大虐殺事件生存者から
聞き取りをする小田さん、吉岡さん 撮影 大木茂 )
「小田実さんを悼む」 吉岡 忍(ノンフィクション作家)
暗い朝が明けた。数時間前、小田実さんが息を引き取った。朝刊に「自民大敗」の見出しが踊っている。私は読む気がしない。こんな程度のことで一喜一憂するな、という声が聞こえてくるような気がする。
私は六七年春、十八歳のとき、ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)のデモに行き、『何でも見てやろう』の作家に会った。小田さんはずだ袋のような鞄をポンッと叩き、「銭湯に行くときでも、原稿を持ち歩いとるよ。留守中に火事になったら、パーやろ」と言った。作家とはこういう人か、と私は目を見張った。
二年後、反戦キャラバンで北海道をまわった。小田さんが持ち歩いていた濃緑色の重い鞄に、分厚い原稿の束が入っているのを見た。一九七二年、体調を崩し、徳島市で入院中だった小田さんにスープを届けたときも、ベッドには書きかけの原稿が広げてあった。
七〇年代の終わり、文学者の国際会議に出席するためモンゴルに行った。ゴビ砂漠の町まで飛ぶ機中、小田さんはノートを広げ、メモしていた。旅日記ですか、と聞くと、「小説や。旅行しながら書くのは疲れるな。頭を切り換えるのが大変よ」と笑った。
数年後、新潟港から旧ソ連や中国をめぐる船旅に出る前夜、私はコーヒーをいれ、小田さんの部屋に持っていった。出航前に投函しなければならない原稿がある、と聞いていたからだ。カップを置き、部屋を出ようとしたとき、背後から小田さんの声が響いた。
「人間にはな、絶句する瞬間があるやろ。そこに社会の矛盾や歴史の重みがのしかかってきて、そのことに気がついて、言葉を失うような瞬間が。そこでつぶされそうになっている人間を書くのが小説や」
小田さんは、個々の人間の背景にあって、人間を動かしている世界像を描く全体小説に取り組んでいた。すでに長編小説『現代史』『HIROSHIMA』を書き上げ、それを上回る、十年がかりの大作『ベトナムから遠く離れて』を書き始めた時期だった。
二〇〇二年三月のある日、私たちはホーチミン市にいて、サイゴン川を眺めるホテルのレストランで向かい合っていた。高い窓から射し込む朝の光が、だんだん濁ってくる時刻だった。ベトナム戦争当時、反政府ゲリラの青年が公開処刑された広場か、腐敗した権力者たちの巣窟だった旧大統領官邸に行ってみませんか、と誘うと、小田さんは「原稿が終わらんのよ」と、元気がなかった。
昨年末、新作小説『終らない旅』を読んだ。若き日のアメリカ留学、ベトナム反戦と脱走兵援助、阪神大震災と歩んできた人生を、小田さん自身がひっそりと回顧するような物語だったが、あるページにきたとき、私は「だまされたッ」と大声を上げそうになった。
老境に入った主人公がホーチミン市に行き、まったく偶然にアメリカ留学時代の女友達と再会するシーンがある。物語の転換点となる重要な場面である。その場所こそ、私と小田さんが座っていたあのホテルのレストラン、あれと位置や光の加減まで同じテーブルだったのだ。
どこにいても、どんな体調のときも、小田さんは作家だった。市民社会が在るかなきかのこの国で、ベ平連やその他の市民運動が教条主義や内ゲバに巻き込まれずにすんだのは、絶句し、言葉を失う人間の姿に目を凝らしつづけた作家のおかげだった。
小田さんが最後の入院をした翌日、私はお見舞いに行った。病室に次の小説の資料だという洋書が山積みになっているのを見て、私は一人うなずいていた。そこに、最後まで作家であることを貫き通す小田さんの志を、たしかに感じたからである。
小田さんのいない暗い朝、もっと人間に目を凝らせ、と語る作家の声が私の耳に鳴り響いている。
(2006年9月12日ニューヨーク 撮影 大木晴子)
吉岡 忍 (よしおか・しのぶ) プロフィール ──ノンフィクション作家。1948年、長野県生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。87年、日航機墜落事故をテーマにした『墜落の夏』で第9回講談社ノンフィクション賞受賞。他に『日本人ごっこ』『鏡の国のクーデター』『放熱の行方』など。最新刊は、宮崎勤、酒鬼薔薇聖斗などの異常犯罪を取材した『M/ 世界の、憂鬱な先端』(文春文庫)。
★この吉岡忍さんの文章は、共同通信から配信され琉球新報はじめ
各地の地方紙に掲載されています。心打たれるこの記事を読み
私のページにとお願いしました。
「大木さんのHPに載せてもいいですよ。」と吉岡さんからの
許可を得てここに掲載させていただきました。
きっと、小田実さんは読まれた方の心に活き続けますね。
吉岡さん、ありがとうございました。
(07-08-04・おおきせいこ)
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