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投稿者 : seiko 投稿日時: 2007-04-01 04:07:51 (1781 ヒット)


また、教科書から・・弥生月最後の土曜日   大木晴子

前日、ラジオのニュースを聞きながらまた
溜め息がでました。そして、きっと雲さんは
新しいプラカードを持って来られるだろうなぁ?と
思いました。
最初の写真は、雲さんの意思表示です。

今日は3日、都知事選も残すところ5日間になりました。
身体が二つあったらいいなぁ?と思う毎日です。
書こう、書こうと思いながら時間だけが過ぎてしまいました。
弥生月のデーターも出て、初めて訪ねて下さった方が5431人でした。
「明日も晴れ」は、どんな風に感じていただけたのでしょうか。



31日の土曜日は、何時もより早めに立ち始めた地上でした。
雲さんと立ち始めるとOさんが辺野古支援のチラシを配ります。
この日、Oさんは地上だけの意思表示でした。



6時、地下広場に立ち始めます。
辺野古支援・・・・斉藤さん。
イラクを忘れない・・・・Aさん。
Kシスターも元気に立ちます。
一年以上も持ち続けています・・・Kさんの大きなプラカード。



ムキンポさんは、用があっても少しの時間でも・・・と立ちます。
今日は、ムキンポさんはジローになりました。



TさんとK松さんの柱です。
ご婦人が話しかけていました。
内容はわかりませんが、表情から「憲法を替えるのに賛成!」という人かなぁ?。



丸木美術館を訪ねてほしい!!



雲さんの隣では、きれいな旗を持ってレインボーのKさんです。



二週ほど仕事の忙しさと風邪をひいて立つことが出来なかったSさんは
今日は、しっかり書いて立ちました。



あなたは、どんな東京にしたいですか。
K島さんの言葉が広場にこだまします。
「私も青が好き!!」と言われてたくさん可愛いリボンを
作ってきてくださいました。
早速、「意見広告運動」の方が通られたので差し上げました。
あっ!大変ですよ!!

「意見広告」の締め切り日は7日です!!

http://www.ikenkoukoku.jp/
訪ねて、郵便局へ急いでくださいね。
(07-04-03・おおきせいこ)

投稿者 : seiko 投稿日時: 2007-03-26 15:55:46 (2356 ヒット)


勝手連が集まった日曜日!そして土曜日報告!!  大木晴子

こんな日があってもいいかなぁ?。
考えることがたくさんあって、悩むこともたくさんあって、
ページを書きたくないと少し思ったりしていて、だから
書きたくなるまで写真だけの掲載にします。
こんなこともあっていいなぁ?と思っています。
(07-03-28・おおきせいこ)
























投稿者 : seiko 投稿日時: 2007-03-21 02:59:41 (6476 ヒット)


カザンキランさんたちは「平和」を勝ち取った!! 大木晴子

「カザンキランさんたちは「平和」が好き!」 のページに書いた
カザンキランさん一家にほんとうの平和が・・・・。
クルド人ニ家族を支援する会代表 東 文男さんからのお知らせを掲載いたします。
私は、このお知らせが届き、2006年1月10日の写真をとりだしました。







ずっとこの日を待っていました。
徴兵で捕られている息子さんが戻り、家族が無事に揃う日を一日も早くと願っていました。
この写真を撮った日は、家族が旅立つ前日でした。



家族を支えた多くの人たちは、新しい生活を喜びそして
別れの寂しさを胸に数時間を一緒に過ごしました。


家族の笑顔が・・・教え子の未来にと優しい眼差しを送り続けている
その人の表情はとても美しく輝いていました。
みんな、みんな幸せな顔をしていました。
クルド二家族が作ってくれた料理は美味しかった。



さぁ、今度はこの子どもたちの番です。
温かい眼差しを送り続けてください。(おおきせいこ)



     カザンキラン家一家統合のお知らせ

ラマザンも家族と合流し、カザンキラン家は一家統合を果たしました。
「クルド人難民二家族を支援する会」の東です。嬉しいニュースをお知らせします。
05年1月に父親アフメットさんとともにトルコに強制送還された、カザンキラン家の長男ラマザンさんが、3月13日にカザンキラン家の住むニュージーランドに入国し、カザンキラン家は7人全員が揃いました。
実に2年2ヶ月ぶりのことでした。
ご存じの方もいらっしゃると思いますが、ラマザンさんはトルコに強制送還された後すぐに兵役につかされました。
06年1月にカザンキラン家はニュージーランドへ難民として受けいれられましたが、その時に父親はほかの家族と合流できました。
しかしラマザンさんの兵役期間は残っており、父親とともにニュージーランドで一家統合を果たすことはできませんでした。
兵役は06年4月にあけましたが、その後もなかなか出国許可が出ませんでした。
私たち支援会も、彼がニュージーランドに入国するまでは公表を控えてきました。受け入れ国を明らかにすることで彼のトルコ出国やニュージーランド入国に困難が生じることを恐れたからです。
しかしカザンキラン家は無事一家統合を果たしました。
もう一家がバラバラにされることはありません。
そこで、いつもこの二家族のことを気にかけてくださり、さまざまな支援をしていただいた皆さまには報告する義務があると思いました。今までのご支援に感謝いたします。本当にありがとうございました。
ともかく、2年以上という長い時間がかかりましたが、カザンキラン家は一家7人が揃いました。
彼らが諦めなかったことも大きいと思いますが、皆さまのご支援があったればこそと考えています。本当にありがとうございました。

 2007年3月20日
              クルド人ニ家族を支援する会 
               代表 東 文男

投稿者 : seiko 投稿日時: 2007-03-19 02:14:39 (2027 ヒット)


きっと来る!青い色が街に満ちあふれる日が・・・。大木晴子

私は、西口の意思表示前に ロフトプラスワン で行われた
漫画家・山本夜羽音さんたちが企画した 集会 へ参加しました。
初めて行ったロフトプラスワンは、思っていた通り心地の良いお店でした。

わっ!大変!5時になる?。
急いで東口から西口へ走りました。
小田急前地上に着くと雲さんが立ち始めていました。



ロフトプラスワンでも一緒だったムキンポさんとA美さんが立ち
ムキンポさんは浅野史郎さんカラーの青い布を持って!
そして東京の黒塗りの情報公開の現状を浅野さんに訴えたA美さんは
その殆どが黒塗りの用紙を掲げて意思表示でした。
Aさんも立って5人!いいえ、もうお一方ムキンポさんのページに
写真が掲載されています。俳優さんが!!

6時、地下広場の意思表示が始まります。



Aさんの所では、声をかけた青年と長い時間話が続いていました。
側では、警察官の荷物検査が続いています。
多くの人は、拒むことをせずに警察官の手が荷物を探るのを
ただ見ているという感じです。
この光景は、決して美しい国ではありません。
公衆の面前でその人の心を大切に考えることが出来ない
この職務質問に何時も「何かが変!」と思うのです。



Kシスターは、私の非戦とK松さんのプラカードを持って立たれました。



斉藤さん、揺るぎない沖縄への思い・・・・。
勝利の日を信じ立ち続けるスタンでイングです。



青い色を目一杯身につけて立った百合の花さんです。
青い布袋、頭には雲さんの「平和のバンダナ」そして
しっかりとした文字で書いたプラカードを青い紙の上にのせて
浅野史郎さんが言われた「諦めない」という言葉を書いて
スタンディングでした。
トップのK島さんもきれいな青いスカーフでさり気なく
意思表示をされていました。



レインボーのKさんと雲さん。
雲さんの「国会の死」、法務委員会での強行採決など
少数の意見を完全に無視し次々と決められて行く様を
思うときほんとうだなぁ?・・・・と。
何時も同じ柱に立つKさんが、今日はお休みでした。



K松さんとOさんが立ちます。
今日は、私が持つ丸木美術館支援のプラカードを見た男性が
声をかけてくださいました。
そして、自分も戦争の体験を描きそれを持って語り部をされていると
話されました。
今日もその講演の帰りでと大きな風呂敷に包まれた絵をお持ちでした。
私は「見せていただけないでしょうか」とお願いしました。



地下広場に1945年3月10日のあの悲惨な光景が・・・・。
狩野光男さんの描く東京大空襲 の絵を見せていただきました。



狩野さんは、中学校2年のとき大空襲にあい、
両親と妹さん2人を亡くされました。
この階段の所でご家族が亡くなられていたそうです。
「線路を歩いているのは、私です。」・・・と。



亡くなった娘を背負い歩く男性に手をあわせる親子の姿に
シャッターを押しながら涙がとまりませんでした。
あの忌まわしい戦争から今まで多くの人たちは平和を願い
平和憲法を活かして戦争をしない国を育んできたのではないですか。
その平和憲法が、いま危ないのです。
神経を研ぎすましてください。
かえられてしまったら取り返しのつかない状況になります。
子どもたちの未来に「戦争は地獄」の光景があってはなりません。
いま、一人ひとりが意思表示をするときです。
平和を育みましょう。(07-03-19・おおきせいこ)

投稿者 : seiko 投稿日時: 2007-03-14 01:34:45 (1729 ヒット)


    雲さんの写真と文章! 3月10日の土曜日報告!!



■小田急百貨店前
4時30分、何時もより早めにK島さん、フライパンさんと雲が到着。
今日は「戦争への道は歩かない!声をあげよう女の会」主催で、
大木さんが参加したリレートークを聞きに出かけた3人が、
1部が終ってそのまま来たため30分ほど早くなった。
大木さんは2部にも残って今日はスタンディングができない。



ビッグイシューの宮川さんにそう伝えると、残念そうにしながら、
「大木さんから皆さんに渡して貰いたかったんだ」と
大きな紙袋にいっぱいの飴玉を頂く。
時折こうして甘いものを差し入れて下さる。
立っていると何となく小腹が空いたり口さみしくなるから、
飴玉は本当にありがたい!

フライパンさんは着いてからプラカード作りを始める。
テーマは東京大空襲。そうなのだ。
今日は62年前に東京が大空襲を受けた日だ。
344機のB29爆撃機が100万発の焼夷弾を落とし、わずか3時間程で
10万人余を虐殺した日である。
太平洋戦争まで、日本の民衆は直接戦火に晒されることはなかった。
戦争とは何かを、この戦争で骨の髄まで知らされたのだ。
戦争に勝敗はない。
双方の民衆が取り返しのつかない大きな犠牲を払はなければならない。
焼き尽くされ、心を砕き尽くされる。
焼け野原に立って、戦争という選択肢を選ぶ如何なる理由もないことを確信し、
その思いを憲法に深く刻みつけたのだ。
しかし何と言うことか、今や安倍政権は内閣の一番の目的を、
九条の改変においている。
早速フライパンさんに話しかけたご老人がおられた。
幼少の頃、沖縄の地上戦を生き延びた方で、当時の記憶を話されたという。
戦争体験者は60年以上心の内に抱えて来たものを、
誰かに語り尽くしたいと今も思い続けている。
その思いのやり場が今の日本にはない。



続いてTさん、そしてОさんKさん。
Tさんもその場ですらすらと言葉を書く、
「国民投票法は改憲手続き法」。核心を捉えた言葉にうなづく。

Оさんは辺野古の新米軍基地反対を沖縄の美しい海の写真で何時ものように訴える。
写真の訴求力か、沖縄の海の輝きか、何時も目を留めて行く人が多い。

Kさんは例のごとくビラ配り。
何気ない動作で手渡して行く。
何時もながら凄いと感じる。
先週は30枚をわずか30分程で配り終えたという。

笛の音が響き始める。
何とフライパンさんが吹いている。
少しでも関心を集めようという工夫だ。
Оさんの写真、フライパンさんの笛、小田急前の雑踏では工夫が必要だと感じる。

遅れてAさんが登場。
今日のもうひとつの会「九条を泣かせるな・意見広告・高齢者パワーの講演会」を
手伝って来たとのこと。
息子さんの入試の重なる中、頭が下がります。



■西口地下広場
広場へ降りる。何だか人通りが少なく、ガランとした感じ。
年度末、確定申告やら何やらで新宿へ遊びに出る人が少ないのかも知れない。
雲が何時も立つ柱には、待ち合わせの若者たちが一杯集まっている。
これは卒業式か何かの流れだろうか。
とりあえず、大木さんの柱にAさんと一緒に立たせてもらう。
柱がひとつ違うだけで人の動線が随分変わって感じられる。
左右、前方と次々と柱に向って人が来る。
若者たちが去って、人囲いの解かれた柱へ移る。
Kシスターもそこへ。



何時も静かに微笑んでおられる。「顔施」という言葉を思う。
仏教の言葉だが、乞われても何も施すものがない時、笑顔を施すというようなことらしい。
雲の顔は生まれつきの鯱ばったもので、なかなか話しかけられることはないが、
シスターはよく声を掛けられている。
スタンディングでの自然な笑顔は、意思をより効果的に伝える上で助けになると思う。
鏡でも見て少し練習しようか…。



Kさんが新しいプラカードをコピーしようとしたが上手く行かなかったと、
Aさんから借りて持たれる。コメントは「イラクはまだ燃えている」。
まだ燃え、さらに燃え盛っている。
その火に油を注ぐ手伝いを航空自衛隊の輸送機が今日も続けている。
しかも、イラク特措法を2年間も延長するのが政府の方針と伝えられる。
何とも歯がゆいことだ。



国会でロビー活動を続ける「組長」がОさんとTさんの柱を表敬訪問?
しばらく話して、また車を引いてどこかへ…。
彼の情熱と、それを支えるエネルギーに頭が下がる。



ムキンボさんも何時ものようにひょっこり現われて虹の旗を掲げる。
夜になって風が出て、旗の裾が心地好く翻る。
風にはためくその様子を目にすると、元気が出る。
また旗を持ってみよう。
今日は記録係りだから、何時もは目にすることのない、
柱の反対側に立っているK島さんを撮影に出かける。



もう何冊になるのだろうか、
K島さんのスケッチブックに書き続けられる言葉は、
文字通り時代のスケッチでもある。
今夜の言葉は「子や孫を戦地に送りますか」。
そうなのだ。少なくとも、これから生まれて来る児、
まだ選挙権のない子供たちに対して、我々は責任を果たさなければならない。
「再び子供たちを戦場に送るな」と戦後大きく叫ばれた言葉が、
また現実味を帯びて来てしまった。



慣れないカメラを扱っている内に、アッという間に7時になる。
宮川さんの飴を皆に配っているところへ、黒の上下の男が駆け込んでくる。
何者だ!と身構えて抱え込むと、斉藤さんではないか。
何やら不祝儀があって、時間が長引きようやく駆けつけたとのこと。
ごくろうさま。ご褒美に飴を差し上げる。

さて、来週は皆のスケッチブックやプラカードに
どんな時代の言葉が生まれるだろうか。≪雲≫

★雲さん、ありがとうございました。
皆さん、雲さんはどんな人! このページ をご覧下さい。
(07-03-14・おおきせいこ)

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